
41歳で年商6億8000万を達成した翌年、仲間に代表を譲った。
また動きたかった。新しいことを試したかった。自分が先頭に立って動く場所を、もう一つ作りたかった。
それだけじゃない。もう一つ、理由があった。
一緒に会社を動かしてきた仲間が、亡くなった。役員のひとりだった人間だ。あの数字を一緒に作った人間が、いなくなった。
その人に、誇ってもらえる人間でいたかった。
まだ動ける。まだやれる。そう証明し続けることが、あの人への返し方だと思った。だから、また挑戦した。
新しい会社を立ち上げた。
でも、うまくいかなかった。
事業の設計が甘かった。市場の読みが外れた。人の問題もあった。気づいた時には、また借金だけが残っていた。
何度目だろう、と思った。
でも、以前と違うことがあった。
崩れ方が、変わっていた。
24歳の時、29歳の時に崩れた時は、足元から全部が崩れるような感覚だった。立てなくなる感じがあった。でも、この時は違った。しんどかった。でも、底があった。
言葉を変え続けてきた積み上げが、しんどい時の底になっていた。ひすいこたろうさん、小林正観さんの言葉はまだ知らなかったけれど、斎藤一人さんの言葉が、足元を支えていた。
倒れ方が変わると、立ち上がり方も変わる。
それを、またここで確認した。